教員エッセイ:社会学の二つの極点

奈良女子大学の『学術情報センター報』にブックレビューを寄稿しました。『断片的なものの社会学』と『仕事と家族』という二冊の本を評したエッセイです。下記リンクからご覧ください。草稿段階のものも下記に掲載しておきます。(井口)

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http://nwudir.lib.nara-wu.ac.jp/dspace/bitstream/10935/4081/1/AIC_NewsLetter_V4.pdf

本当に学問に没頭している時、私たちは意味など考えず、ただ面白がり、「役立つこと」などは事後的に見出される。大学に棲む私たちは、面白い研究や書に触れ、またそれに刺激を受けて新しいものを生み出していく中で相互に元気を与え続けていくしかない。今回は、私が元気をもらった2015年に出版された2冊の社会学の書を紹介したい。

一冊目の『仕事と家族』は、社会的な課題に対して社会学に何ができるのかを、その考え方や方法とともに明確に示した本だ。日本社会の働き方や家族生活の特徴を、各国単位の統計データの比較や時系列的な変化を根拠に浮かび上がらせ、その生活の特徴と少子化や未婚化などとの関連を解き明かし、とるべき政策の方向性を指し示している。社会問題を、データをもとに実証的に解き明かすオーソドックスな社会科学の本だが、データを用いた実証に入る前に、それぞれの社会の変わりにくい特徴や文脈を、分析において、どう考慮に入れるかが丁寧に論じられている。普遍的な法則性と各文化の特殊性との間でどのように考えていくかは、社会思想や哲学を一つの源流に持つ社会学の根本課題だが、本書はその根本課題を踏まえて、社会学の一つの役立ち方を示している。

対して後者の『断片的なものの社会学』はまったく違う雰囲気をまとった本だ。数値のデータは一切なく、「語り」も著者が調査や日々の生活の中で出会った断片的な出来事として、そっと差し出されているだけである。主に沖縄の人々への聞き取りを通して戦後の沖縄社会のあり様を描き出そうとする著者の普段の一連の研究は、社会現象を語りというデータをもとに論証していくという意味で筒井の試みと大きく変わらない。だが、本書では一転、そうした論証の筋書きに沿って集められたものではない、ただそこにある「ごろっとした」語りがエッセイ風に示される。そうした語りと著者の文章は『仕事と家族』とは違うやり方で私たちに知を与えてくれる。たとえば、この書の中で私がもっとも好きな「笑いと自由」は、初めて読んだ時「自由とは何か?」という疑問に対して「腑に落ちる」経験を与えてくれた。

「社会学者の数だけ社会学がある」という表現は、社会学の魅力を意味したこともあるが、グローバル化や標準化の進む現在はむしろ揶揄だろう。今回紹介した2冊に見るように社会学の姿はなかなか焦点を結ばず、役立つ云々以前に、標準化が求められる学問世界の中で肩身が狭いのかもしれない。だが、この多様さの経験こそが社会学の強みだと開き直ろう。人や社会という個別のものをサイエンスの方法で捉えようとする努力、そうした作業の中でこぼれ落ちるものを何とか掴み表現しようとする努力、社会学は人文学と社会科学との間でもがいてきた。今回紹介した2冊を入り口に見えてくる社会学の営みは、人文社会系、いや大学の学問のこれからを考えていく上でヒントを与えてくれるのではないか…?手前味噌だが最後にささやかなアピールをしておこう。