林田敏子(はやしだ としこ)

両大戦期のイギリスを中心に、ジェンダーとセクシュアリティをめぐる問題について研究しています。大戦中、軍隊や警察といった「男の世界」に足を踏み入れた女性たちはどのような自己意識をもち、また、そうした女性たちを社会はどのように受けとめたのでしょうか。戦争という社会変動がジェンダーをめぐる規範や価値観に与えた影響を、軍や警察の公文書から手記や日記に至るまで、さまざまな史料の分析を通して考えています。

専門分野

 西洋史学、イギリス近現代史、ジェンダー史

担当科目 

[学部]

 ジェンダー理論、ジェンダー文化論演習、ジェンダー文化論

研究内容

ジェンダー史、戦争・軍事史、犯罪・刑罰史、

1.警察の歴史

もともとの専門はイギリスをフィールドとした「犯罪と刑罰の歴史」で、なかでも警察史を中心に研究してきました。犯罪の予防・捜査・起訴という一連の法手続きが法廷機能から分離し、専門機関としての警察が誕生するのは近代に入ってからで、人々の生活に深く介入する警察が社会に受容されるまでの歴史は、近代的権力の確立過程ととらえることができます。警察に対する社会の批判、組織の末端に位置する警察官の職業意識の形成といった問題を通して、警察という国家権力が社会に受容されていく過程について研究しています。

林田敏子『イギリス近代警察の誕生―ヴィクトリア朝ボビーの社会史―』昭和堂、2002年   

林田敏子・大日方純夫編『近代ヨーロッパの探求13 警察』ミネルヴァ書房、2012年

2.大戦とジェンダー

両大戦期のイギリスを中心に、軍事動員とジェンダー、セクシュアリティとの関係についても研究しています。戦時というのは大規模な軍事動員によって女性の社会進出が促進されるとともに、ジェンダー秩序の揺らぎに対する危機感から、ジェンダー・ラインを越境する女性への警戒心が高まり、女性の性(セクシュアリティ)をめぐる問題が顕在化する時代でもあります。軍隊という男の世界に進出した女性が引き起こすさまざまな問題を、性をめぐる規範や軋轢、暴力といった観点からを探究しています。

林田敏子『戦う女、戦えない女―第一次世界大戦期のジェンダーとセクシュアリティ―』人文書院、2013年

3.記憶とジェンダー 

 統制や排除の対象とされる「客体」としての女性から、自ら選び、行動する「主体」としての女性に目を転じるなかで、近年、取り組んでいるのが、女性による戦争の「語り」と、戦争博物館という記憶の装置です。戦争博物館には手記やインタビューといった形で多くの女性の「語り」がコレクションされています。女性の戦争経験は博物館という装置のなかでいかに価値づけられ、またそれは男性の戦争経験とどのような関係性をもっているのでしょうか。博物館を大戦の正史が紡がれる場、ジェンダーをめぐる「交渉」の場ととらえることで、大戦史そのものの構築 /解体/再構築過程を明らかにしたいと考えています。

ゼミ生の研究テーマ

2020年度後期から、「ジェンダーの歴史学」をテーマとするゼミが始まります。

林田ゼミ

歴史学の手法をもちいてジェンダーおよびセクシュアリティの問題を探究するゼミです。「ジェンダー史」と聞くと、「女性解放の歴史」、あるいは「女性のエンパワーメントの歩みをたどるもの」と思う人がいるかもしれません。しかし、「昔」の女性が「今」の女性に比べて不自由で、抑圧されていたと一概に言うことはできません。このゼミでは、過去に対する偏見や思い込みを捨てて歴史世界を眺めることで、現在や未来に対する新たな視角を獲得することを目的としています。

ゼミでは、ジェンダー学に関する理論をおさえたうえで、性質の異なる複数の史料を読み解いていきます。同じ事象を扱っていても、たとえば議会の議事録と一個人が書いた日記とでは、浮かび上がってくる世界は大きく異なります。新聞や機関誌といった公文書から、自伝や日記、手紙といった私文書、写真や絵画、建築物などの視覚史料、文学作品や映画などのフィクションにいたるまで、時代を映すさまざまな史料を読みこむことで、歴史世界を多角的に考察します。ゼミ生の皆さんには「歴史」や「ジェンダー」といった枠にとらわれず、柔軟な発想で独自の世界を切り拓いてほしいと思っています。